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労働Q1

・固定残業代制について
 固定残業制とは、例えば、基本給の他に10時間分の残業代の金額を定めておいて毎月支給するなど、雇用契約に基づき残業に対する対価として定額の手当を支払う制度です。本来、企業にとっては残業代の計算業務を省くことができ、労働者としても上記の例でいえば残業時間が10時間に満たなくとも10時間分の残業代が支給されるというメリットがあります。
 残業代については労働基準法37条が適用されますが、固定残業代制がただちに無効というわけではなく、法律に反しなければ有効です。
 ただし、労働基準法37条は残業時間分の残業代を支払うことを義務づけている訳ですから、上記の例で10時間を超える残業をした場合には、超過分の残業代を会社は定額の手当に加えて支払わなければなりません。その意味で、会社においては、固定残業代制を採用していても、労働者の勤務時間を把握しておく必要があります。
 しかし、実際には、固定残業制だからいくら残業をしても定額の手当以上の支払いはないと会社から説明を受けるなど、要するに定額の残業代以上の残業代の支払いを逃れる口実に用いられることが少なくなく、サービス残業が増加する温床となっています。あるいは、給与の総額を多く見せかけ、実際には時間単価を低くして長時間労働を強いるような雇用契約もありますので、注意が必要です。

以下、固定残業代制に関するいくつかの論点をご紹介します。

Q1 基本給に固定残業代が含まれているから残業代は支払わないと言われた。
A1 基本給に固定残業代が含まれている給与体系も、直ちに無効となる訳ではありません。しかし、繰り返しになりますが、労働基準法37条は残業時間に対応する残業代の支払いを義務づけており、これに反することは許されません。そして、基本給に含まれている固定残業代がいくらで残業何時間分なのかがわからなければ、取り決めを超過した残業分の対価を算出できず請求することもできないということになります。
例も、このような給与体系が有効とされるためには、①基本給に固定残業代が含まれることが就業規則等に明記されていること、②通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業分の賃金に当たる部分が明確に区別されていること(及び何時間分に相当するのか)が要件としており、さらに③一定時間を超えて残業をした場合には別途残業代を上乗せする旨の合意が必要であるとする見解もあります。
結局、基本給に固定残業代を含まれているとする給与体系は、項目は基本給のみであるため、上記②の明確区分性の要件をクリアすることが極めて難しく、就業規則の内容にもよりますが、基本的には無効となる可能性が高い(支払われた基本給とは別に、残業時間全てについて残業代が支払われる)と言えます。また、最大で残業代と同額の付加金が支払われることもあります(参考 テックジャパン事件)。
なお、給与体系が無効とならなくとも、取り決めを超える残業時間に相当する賃金は別途請求できることは当然です。

Q2 営業手当あるいは業務手当が固定残業代だから残業代は支払わないと言われた。
A2 Q1とは異なり、基本給とは別に営業手当あるいは業務手当という名目で別途支給されているため、基本的には明確区分性の要件はクリアしていると言えます。
したがって、問題になるのは、営業手当等が固定残業代として支払われたと言えるのかという、いわゆる対価性の有無となります。
判例は、対価性の要件を満たすか否かについて、①雇用契約に係る契約書等の記載内容、具体的事案に応じ②使用者の労働者に対する、その手当や割増賃金に関する説明の内容、③ 労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すると述べています。
すなわち、雇用契約書・採用条件確認書・賃金規定などにその手当が残業代として支払われ何時間分に相当するかの取り決めが記載されており(①)、実際にそのように説明がなされていること(②)、取り決められた残業時間と実際の残業時間が乖離していない(③。あるいは実際の残業時間が平均して取り決められた残業時間を下回っている)ことが、このような給与体系が有効となる要件といえます。
したがって、そもそも営業手当等が固定残業代であることや何時間分に相当するのかの取り決めが雇用契約書や賃金規定に記載されていない場合や、取り決められた残業時間を超える残業を実際にはしている(のに超過分の残業代が支払われていない)場合には、無効となる可能性が高く、残業時間全てについて残業代を請求できることになります(日本ケミカル事件参照)。

Q3 固定残業代が残業100時間分に相当すると言われ、長時間労働を強いられた上、低額の残業代しか支払われない。
A3 例えば、基本給は最低賃金ぎりぎりの17万円で、残りの15万円は100時間分の固定残業代とされており、32万円の給与で毎月の長時間労働を強いられているというケースがあります。
このケースで、仮に明確区分性の要件や対価性の要件を満たしている場合に、このような給与体系が有効なのかという問題です(なお、実際には、100時間残業を前提にした労働条件に同意して応募・雇用される労働者は稀であり(給与総額が最低賃金を前提としている場合はなおさらです)、雇用契約書が交付されていなかったり十分な説明を受けていないなど、対価性の要件を満たしていないケースがほとんどであると思われます)。
なお、前提として、厚生労働省は、労災認定に際し、発症2~6ヶ月で平均80時間の残業をした場合、あるいは発症前1ヶ月に100時間を超える残業をした場合、発症した健康障害と長時間労働に因果関係があると判断できるという目安を定めています。この目安を過労死ラインと言います。
高裁裁判例は、80時間の残業を前提とした固定残業代制について、「過労死ラインを超えるような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して固定残業代を定めることは労働者の健康を損なう危険があり大きな問題がある」とした上で、「実際には長時間の時間外労働を行わせることを予定していたわけではないという特段の事情がない限り、80時間相当の固定残業代制を定めることは、公序良俗に反し無効である。」としています。
したがって、80時間~100時間の残業を前提とした固定残業代制は、仮に明確区分性や対価性の要件を満たしていても、原則として無効となります。例外的に有効となるのは実際にはそのような長時間の残業をしていない場合などに限られると考えられます(ただし、これは高裁の判断であり、同様の最高裁判例が待たれるところです)。
なお、無効となるとしても、固定残業制全体が無効なのか、一部が無効なのか(例えば、相当と言える30時間分の支払いであったと仮定するのか)という問題もあります。この点、上記裁判例は全部を無効としましたが、当事者の合理的意思や可分性により判断されることになります。しかし、その判断基準によっても全部無効が妥当な事案がほとんどであると思われますし、上記裁判例も「仮に部分的な無効を認めると、違法な固定残業代制を助長するおそれがある」と述べているように、基本的に全て全部無効とするのが妥当です。

最後に、このように長時間の労働を無効な固定残業制で強いた場合、会社の悪質性が強く付加金も多額になる可能性が高いと言えます。長時間労働による労災が発生した場合はなおさらです(参照 イクヌーザ事件)。

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